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ヨウ/ファーレンハイトさんのブログ。

自分らしさを取り戻すために、身体から心にアプローチする平均化訓練のこと。

まずは何も言わずにこのうさんくさい動画を見てほしい。

細身の男性に、いろいろな人が次々にあしらわれていく。これはネタでもじゃれあってるわけでもなく、ガチの光景である。

何が起きているか。全身の筋肉を連動させることが出来る熟練者は、そうでない素人の力を受け流して、逆にやっつけてしまう。そして全身が連動した状態を強制的に引き出してしまう。


野口晴胤さんがはじめた平均化訓練という稽古がある。俺は行ったり行かなかったりしつつ、足掛け3年ほど稽古に顔を出している。

最初に稽古に行ったときは、何が起きているかわけがわからなかった。

晴胤さんがかざした両手に、自分の全力を手のひらに込めて、思いっきり押す。すると柔らかいブラックホールのような質感が、抵抗を感じさせずに、自分の力を受け止める。それでも俺は押し続ける。力の行き場がなくなった自分は、姿勢が徐々に崩れていく。意思とは無関係に、身体が崩れて、畳の上に転がされてしまう。

腕力ではない「力(=全身の筋肉が連動した状態で動員できるもの)」というのが存在することを(頭では理解できずに)体感した瞬間だった。



平均化訓練の純粋な理論は、すでに書籍にまとめられている。ので、俺の主観で書いていこうと思う。

平均化訓練

平均化訓練



フィジカルな側面として。平均化訓練は極上のストレッチのように、気持ちが良い。一時期、身体に興味を持って整体に行ったり、カイロプラティックに行ったりしたことがあるけれど、そのどれにもなかった"届かなかった部分をほぐしてくれる"感じが、たまらなく気持ち良い。

それは平均化=全身の筋肉が連動して動員されている状態、を味わうことが出来るからだろうか。

普段の生活では、いかに自分が固まった姿勢で、同じような力のかけ方をして、自分の身体に凝りをつくって、それが知らないうちに抜けなくなってしまっていたことに気づかせてもらえる。

稽古中は全力を振り絞るので、それなりにしんどく感じるタイミングはあるのだけれど、終わった後はいつも爽快な気分になれる。自分の身体はこんなにも伸びやかで、しなやかで、自由なのか、って。帰り道は地面に接する自分の足の裏に、自分の体重をたしかに感じられる。

肩凝りから病気まで、身体の不調はまちがった自分の身体の使い方であり、それを根治させるのは施術家ではなく、自分自身でしかありえない。その気が遠くなってしまいそうな残酷な事実に、希望を与えてくれる稽古なのです。


メンタルの側面として。個人的に平均化訓練をした後は、"童心にかえる"ような感覚がある。運動神経が良くて、身体に不安がなくて、人からどう見られても気にしないマジで無敵状態だった子供の頃の自分、みたいな。

俺はよく、童心にかえっちゃうものが素晴らしいもの、と人に言ったりする。自分が好きなことを夢中でやっているとき、気が合う人と時間を忘れるとき。子どものような気分になっているんじゃないかな。

そういう心の状態をつくってくれる側面が、平均化訓練にはたしかにある気がしている。野口晴胤さんはあくまで身体の鍛錬という切り口でしか平均化訓練を語らないけれど、参加しているメンバーは揃って精神的な解放感を味わっているように見える。

普段は自分でも意識しないで凝固してしまっている自分の身体と心。気づかないうちに自分を守るために身に付けたクセで動かしている自分の身体と心。それらは、いつもは使われていない筋肉が使われたとき、たしかにちがう動き方を俺自身に、見せてくれるのです。

俺はときどき稽古の帰り道に、物思いにふけってしまうときがあります。トラウマ経験を思い出す、みたいなドラマチックな話ではありません。思い出さなかったようなことを、ふと思い出すのです。ただ、澄み切った気持ちで何か過去のことを思い出してしまう、それだけなのに、時折訪れるその時間が愛おしくて、稽古に足を運んでいるような気がします。


さて、冒頭の動画に戻りましょう。肉体の平均化が進んでいる人は、そうでない人の力を自分の身体のすみずみに受け流してしまい、仕掛けた相手を強制的に平均化状態に誘導してしまいます。映像で崩された人たち。彼らは脱力しているのではなく、全力を出した状態であの姿勢になることを余儀なくされ、あの状態から動きたくても動けない状態になっています。そしてそれが何かの始まりなのです。

一流のスポーツマンやアーティストの身体の動きは常人では考えられない強さやしなやかさ、そして美しさを持っているように俺には見えます。そして集団のなかにいても埋没せずに目立ってしまう、浮き上がって見えてくるような"只者ではない"気配があります。彼らは独自に平均化していった人なんじゃないか、と思ったりもします。


平均化訓練自体は特効薬のような稽古ではなく、地味で淡々としたものです。ただただ、繰り返していくのみです。わかった!と思ったら全然わかってなかったりすることが俺にはしょっちゅうで、頻繁にガッカリしたりします。それでも、この先長いこと続けていく習いごとになることを確信しています。

それは平均化訓練でもたらされる心と身体の状態への確信と言える気がします。どうころんだって悪いわけがない。毎日を童心にかえった状態で過ごせたら、どんなに素晴らしい人生になるだろう。そんなことを思わされるのです。


おまけに見てほしい動画。1分5秒あたりからの野口晴胤さん(右の人)の背中の柔らかさをぜひ見てほしい。すごくない?!


最近、公開され始めた動画コンテンツ。


平均化訓練

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