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ヨウ/ファーレンハイトさんのブログ。

高いワインは本当に美味しいのか?

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2019年8月からワインにハマって、Excelを使って簡単なワインメモを残しています。

2020年2月現在で飲んだワインをフルボトルの価格帯を軸に集計してみると、こんな感じになります。

5,000円未満を含めた全ボトル 130銘柄以上
5,000円以上 73名柄
10,000円以上 52名柄
20,000円以上 12名柄

飲んだ銘柄の大半はテイスティングベースなので、30mlとか40mlくらいの量がほとんどです。

もっともっと多くの銘柄を飲まないと全体像がまーったく掴めない世界なのですが、、、、


ワインは希少価値(生産数に対しての取り合い)やブランド性(歴史や評価)が価格に反映されてしまうので、飲み物としてあり得ない金額になっている銘柄がムッチャクチャ多い。

1本ウン十万円みたいなのは論外としても、マトモなものを飲もうとしたら1万円は普通にするし、有名どころはその価格帯がエントリーモデルで、2〜3万円がフラッグシップだったりする。

ワインにハマった今でも、ポコポコ買ってパカパカ飲む気はまったくしないのが本音。富裕層じゃないのでそんなお金があったら、普通に美味しいものを食べに行ったり、服買ったり、旅行にお金を使いたいよ……

ので、よっぽど夫婦の気分が盛り上がったときとか、クリスマスだの年末だの記念日だの、理由をつけて買うようにしています。結局買うんかい。


余談ですが、コスト目線でいうと、飲食店でワインのボトルを注文するのはかなり割高になります。

小売価格の8掛け(仕入れ値)の2〜3倍が相場と言われています。
(ぼっているわけではなくて、間接費とかを含めるとその利ザヤはお店にとって必要不可欠なものです)

たしかにジェイコブスクリークの泡は、スーパー販売価格が1000〜1500円ですが、昔よくお店で注文していた頃は3000円くらいだったと記憶しています。

あれはもう雰囲気代とか、その場で飲みたいから、みたいな部分に価値があるもの。


さて、現時点での結論ですが、ワインには

①金額の高低とワインのクオリティには、一定金額までは相関関係がある(縦軸)

②クオリティとは別に、個人の好みが満足感に大きく寄与する(横軸)

というマトリックス(4象限)で考えるのが、いちばんしっくりきます。

高いクオリティに対してリーズナブルな金額で販売されていて、自分の好みの銘柄を飲む。すると満足度がめっちゃ高い。当たり前のこと言ってるだけじゃねーか。


当然、ヴィンテージ(生産年=当たり年かどうか)の良し悪しであったり、品種ごとに大幅に金額が変わったり、パラメーターは無数に存在しているのですが、

「個人で買った時に、良い買い物をしたと思えるか」

という考え方をしたときに、これが結論な気がしています。

要は高いからと言って、自分の好みじゃないものを飲んでも美味しいと思えなかったし(うちの夫婦はボルドー系の赤)、好みの品種や産地だと言っても、度を超えて高すぎるものはそれだけの価値を見出せませんでした。

なので、一般人の感覚として「これくらいの金額なら出しても良い」と「ちょっと高いんだけどこんなクオリティのワインは飲んだことない」の間を攻めていく必要があります。


例として、シャンパーニュとかは分かりやすいです。大手メゾンは7000円くらいがエントリーモデルなんですね。で、フラッグシップは2〜3万円くらい。

新世界のスパークリングは数千円ですごく美味しいものが多いです。大手メゾンが別プロジェクトとして、アメリカやチリで作ってたり。

じゃあ7000円じゃなくて数千円で良くない?となるのですが、実際に7000円を出すと、味が複雑で繊細な泡になっているんです。フラッグシップにいくと…これは銘柄に依りますが、スケール感が変わってきます。

これはワイン通ぶってるわけではなく、初めて飲んだ時におそらく多くの人が感じ取れる違いです。

ルイロデレールとかは良い例で、ブリュット(エントリー)はめっちゃ美味いです。けど、クリスタル(フラッグシップ)と比較して飲んでみると「構造は同じだけど、たしかにブリュットは小粒だ」と素人でも感じとれました。


なので、クオリティの差に数万円を出す価値があるか?という言葉には、ワインに興味がない人には「価値がない」と断言して良いと思ってます。そんだけ出すなら、普通に良い肉を食いに行けるし(笑)

ただ、数万円を出して有名銘柄を飲むと「これまで飲み物で味わってこなかった感動」に出会ったりします。そしてワイン沼に落ちた人は、その体験にお金を使っているんだと思います。

飲み物というか、もう体験そのもの、趣味全般に言えるアクティビティそのものに金を使っている感じに等しい。

うちの妻に聞くと「酒を飲みたいとか、ワインを飲みたいとかじゃなく、"おいしいワイン"を飲みたい」と言ってます。特定の銘柄やワインそのものではなく、おいしいワインに出会ったときの体験そのもののことを言っているのでしょう。

これを聞くと「じゃあワインじゃなくて良いやー」ってなるんだけど、それがワインの不思議なところで、なにかの偶然で出会えちゃうと「またあの感じに出会いたい(プルプル…」「他の飲み物にこんな感覚はなかった(ワナワナ…」ってなります。立派な中毒者です。

そして「詳しくないけど、なんとなくワインは好き」って人は予備軍です。きっかけがあれば、立派な中毒者の道に進んでいく才能をお持ちです。なんか話が逸れてきちゃったぜ。


乱暴にまとめます。高いワインは総じてハズレがなくなりクオリティが高い。だけど、それが美味しいと思うかは自分の好み(そしてこれは経験により変わってくるもの)に依存します。

そして大事なことに、「感動」という要素があって、これまで感動した銘柄は、予期せぬところから投げ込まれるボールのように唐突で、価格や好みの外側から心をわしづかみにするものでした。これはもう運です。狙って味わえるものじゃないっす。

では、高いワインじゃないと「感動できないのか?」と言うと、そうでもなかったりします。このラインの商品で出会ってくれないかなー?と、ワインに興味がない人には思うわけです。

次は、自分が数千円で体験できた「感動」を書いてみたいと思います。