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恋愛で素直になれないとき、自分の本音はどこにある? 『テンプリズム』曽田正人

漫画のレビューです。読んだのは曽田正人さんの 『テンプリズム』。超売れっ子漫画家の曽田さんがはじめて"戦闘的恋愛ファンタジー"に取り組んだ意欲作です。

一見、王道ファンタジーに見えるこの作品は、完全に恋愛マンガである。5巻からその兆しが見え始め、7巻では色恋要素が進みまくり、直近はもはや「もう戦闘シーンいらない!」という感想である。

あらすじ

舞台設定を説明すると、太古、文明が進みすぎた世界は愚かにも戦争により滅びてしまい、それから世の人々は「分を過ぎた文明は人間によくない」という価値観でつつましく暮らしています。

そこで猛威を振るっているのが骨(グウ)という大国。この世界で唯一、超発展したテクノロジーを持っている国なので、圧倒的な軍事力で隣国を攻めまくり、覇権を握ろうとしています。彼らは自国の民を、豊かさというアメ・武力というムチで統制しています。

さて、かつて骨の国に滅ぼされたカラン王国の生き残り、ツナシが本作の主人公です。彼は覚醒すると伝説のオロメテオールという超マジヤバなパワーを発揮します。それは一人で骨の国にドンパチしかけられるレベルなんですよ!

この作品における恋愛の障害は何か?

ここで俺のブログを読んでいる女性読者は「興味ね〜」と思うでしょう。実は俺もファンタジーものがニガテです。某海賊漫画とか50巻までちゃんと読みましたけど、全然好きになれなかったくらい。(みんなが好きなモノを好きになりたくて2回もがんばったのに!)

でもね、はじめに説明したとおりこの漫画は恋愛マンガなんです。


ヒロインは骨の国の天才少女、ニキです。生まれ持った才能だけではなく、本人の努力でものすごい魔力(モリ)を使えるショートカットの女の子です。素の性格は好奇心が旺盛で、広い世界を知りたい娘なんだけど、骨の国に対する信仰心は非常に強い。

もう一人のヒロインは同じく骨の国のベルナ。彼女はニキのような天才ではないので、諜報部隊に所属しているロングヘアーの女の子。スパイ・撹乱を生業にしているだけあり、食えないキャラなのである。


ツナシとニキ・ベルナは敵対する立ち位置なんだけど、惹かれあってしまう関係になっている。さて、恋愛漫画に必ず設定されている「障害」は、この作品では何だろうか?

もちろん骨の国というシステムが邪魔をしているのは間違いない。なんだけど、俺風に解釈すると、本人たちが「自分のほしいもの」に気づいていない/まっすぐ向き合わないことにある。

恋愛漫画の醍醐味は「近づきそうで、近づかない距離感」

ニキはツナシのことが好きだということをはっきりと自覚している。そして彼ならばやるであろう身を挺した裏切り行為に出るが、思いもよらぬ策略に巻き込まれることで、骨の国には決定的な寵愛を受ける立場になるが、肝心のツナシには誤解を受けることになる。

そんな状況のなかでベルナがツナシと仲良くなっていることを知ってしまい(これも骨の国の策略)、嫉妬に燃え上がるニキはもう「あんな奴しらん!」状態にグレてしまい、骨の国に貢献するコースにまっしぐらになる。

が、これは彼女の本意ではなく「私は骨の国の狡猾さよりも、この男(ツナシ)の愚鈍さに腹が立つ」という言葉のとおり、ツナシと思うように近づけないことへの代償行為なのだ。彼女の「本当にほしいもの」は強力な魔力でも、骨の国でアイドル扱いされることでもなく、ツナシとの心の交流なのである。


恋愛漫画の醍醐味は「近づきそうで、近づかない距離感」であり、登場人物の思いを読者は知っているが、当の本人たちには情報の非対称性が存在していて、関係を決定づけられないことである。

その意味で、まぎれもなくニキとツナシは「もどかしい」関係になっていて、特にふたりの「好奇心」という共通項がなかなか接触してくれないのは、本当にヤキモキさせてくれるのだ。くっつくべきふたりが、くっつかない舞台設定が上手く作られている。


また、ベルナが恋愛ゲームのトリックスターとしてキャラが立ちまくりだ。彼女のウリはどこまで本気で、どこから嘘なのかがわからない点にある。諜報員としてスキルを磨いたという背景があるのだが、それだけではなく、彼女の動機は「目の前の人に愛されたい」だけなのだ。

自分の兄の前ではニキを貶め、ニキの前ではツナシを貶め、ツナシの前ではニキの株を上げすぎない(自分への優しさが損なわれない)ように、振る舞う。が、ニキやツナシのことを心底嫌いなわけではない。

ただ、ベルナは他の誰かが愛されることは、自分が愛されないことだと認識してしまっているのだ。それゆえに自分以外の誰かが過度に注目・寵愛を受けることを壊しにかかる。

ここまで極端でなくても、こういう人は身近にもいるんじゃないだろうか。その場その場で本人は本心で振る舞っているつもりなのに、まわりから見ると素直になれよ、と突っ込みたくなってしまう、どこか満たされていない人。

自分がほしいものに対して、素直になるということ

そう、現実の恋愛でも厄介なのはここなのだ。

本人が自分のほしいものを明確にしていないためにねじ曲がった行動に出てしまう。あるいは、明確にしていても状況に邪魔されて、そこにまっすぐ向かうことをあきらめてしまう。

そんなときに必要なのは、自分が「ほしいもの」を曲げないこと。そして、相手が「ほしいもの」を見極め、その交差点をさぐること。あるいはタイミングがくるまで、ただ待つということ。


言ってしまえば、この世界観における骨の国のオブセッションというのは、いまの日本における恋愛や結婚のそれの相似形と捉えることもできてしまう。自分が欲しいものは、強迫観念に影響された、あるいは逃げ込んだものになっていないだろうか?無関係でいることは出来ないけれど、あらためて考えてみる必要は絶対にある。

この作品のキーワードに「自由」があると俺は踏んでいるのだけど、それは恋愛だけでなく、特定のシステムに組み込まられざるをえない俺らにとっては、それぞれが考えていかなくてはならない大きな問題である。

この作品に対して、恋愛の要素だけではなく、好奇心と自由というキーワードを扱った部分に俺は期待を寄せていて、今後どういうかたちでその部分が膨らんでいくかがすごく楽しみである。


現在、KindleUnlimitedで4巻まで無料で読めます。数日前まで公式サイトで5巻まで無料公開されていたのですが、レビューが間に合いませんでした…


第1話〜第3話、および最新話は公式サイトにて無料で読めます。

csbs.shogakukan.co.jp


なお今回、株式会社コルクさまに献本いただきました。

https://twitter.com/fahrenheitize/status/771561316314025985

曽田正人さんは『め組の大吾』『昴』が大好きで、個別にレビューを書こうと思っていたくらいなので、新作を読むきっかけを与えてくださって感謝しています。


曽田正人さんはいままで現実社会に生きる天才(危機察知能力が尋常でない消防士、観るものを異常に惹きつけるバレリーナ)を描いてきた人で、それがゆえの苦悩…たとえば『め組の大吾』の場合は、他人の不幸が起きたときしか輝けない悲しいヒーローなんですよね。

で、大吾にも昴にも、他の凡人はめっちゃ羨望の眼差しを向けるわけだけど、ギフテッドである本人はそんな簡単なもんじゃねーよって苦悩がありで。もうね、とにかく情熱がほとばしっている作風が俺は大好きなんですよね。


あとは弱虫ペダルの土壌をつくった『シャカリキ!』、消防・レスキューの『め組の大吾』、バレエの世界の『昴』、モータースポーツの『capeta』。


ヒットした得意分野に逃げずに、色んな世界観を作ってきた人がついにファンタジー、おまけに主人公がギフトをなかなか使えないって設定を持ってきたところがファンとして面白いな、と思う。

そう、『テンプリズム』では力をどのように使うか?というのもひとつのテーマになっていて、オロメテオールを発動させた主人公が自覚していなかった自分の姿に気づく部分や、骨の国の英傑が持っているらしい思想が、これまでの曽田正人さんの作品では踏み込んでいなかった部分にタッチしていて、そこも興味深いなーとワクワクさせられる。

次巻が楽しみです。