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桐谷ヨウ@blog

桐谷ヨウのメインブログ。恋愛・コミュニケーション・海外・文章を書くことについて。


何かを続けるということー茶人のあまんじるなさんにお会いしたときのこと

コラム・エッセイ

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9月の終わり頃、あまんじるなさんという茶人にお会いした。

amnjrn.hatenablog.com


今年になってからふと彼女のブログを読み始めたらハマってしまった。俺が好きな女性というのは例外なく「自立系女子」で、自分が決めたことを誰に言われるでもなく淡々とやっているタイプだ。

彼女にとってそれは「お茶」のようで、毎日一杯のお茶を点てるようだ。自分の悩みを自分で自浄させていく過程を綴っているブログも面白い。


なんとなく代々木公園にそのまま行くのもほぐれないかな?と思い、明治神宮で待ち合わせた。凛として見えるけど険はない女の子…というのが第一印象でした。そのまま境内をぐるっと回りながらブログで得た予備知識をもとに話し始めたんだけど、あまりにも俺が誤ったイメージを持ってしまっていた。外国人とばっかり付き合い、ボディータッチが盛んなギャルを勝手に想像していたのだけど、全然ちがうじゃねーか。俺の妄想力ポンコツかよ。

しばらくして代々木公園に移動して、腰をおろしておしゃべりをした。延々と「彼女とお茶の付き合い方」を尋ねていたような気がする。


興味を持った人に「あなたは何者ですか?」と聞くことに意味はあまりなくて、「あなたは何がしたい人なんですか?」と聞くことが、その人を知る(あるいは見切る)ために大事なことだと俺は考えている。

伝統的な「お茶道」でもなく、ポップな「茶ガール」でもなく。彼女は何度か「自分と同じ"温度感"の仲間を見つけるのは難しくて」と語ってくれた。この感じってなんなんだろうと興味深くて、純粋な疑問をぽんぽん投げかけさせてもらった。

途中、彼女が語気を荒げた部分があった。当時、自分は「自立した人はどんな風に育まれるか」ということを考えていて、その延長線上で「自立しない人の気持ち、俺らにはわかんなくない?」みたいな言葉を発した時だったと思う。


「そうじゃないからといって、気持ちがわからないわけではないと思います」

けっこうずっと苦しかった時期があって、お茶に出会い、お茶を続けているうちにいまのような状態にやっと至ったという話をしてくれた。何かを求めて何かをやっているときは手に入らなかったのに、それと離れたお茶を続けるうちにいつのまにか自分が変わっていた…みたいな内容だったように思う。(だいぶ俺の解釈入ってます)


「何かを続けるということは、やめどきを考えているということでもあるんです」

loveとinterestが分かれてるように,感情と理性も(多分)分かれてるので,冷めようと気分が追いつかなかろうと,お茶のことを考える。お茶にも休肝日があっていいだろうに。

いつが最後でもいいように。 - それでもまだ奇跡の起こっていない人へ


毎日、最高に気分が良い日も、気持ちがすぐれない日も、どんなに忙しい日でもお茶を点てる。そして写真を撮影する。単純に楽しいとか好きだけでは成立しなくて、さりとて義務感でやっているわけではない…というような気持ちを語ってくれたような気がする。

このツイートはあまんじるなさんとのこの会話で生まれたものだ。そう、自分を変えたくて色んなことに手を出すのではなく、同じ対象に対してずっと向き合っていく。それって対象の奥深さを知らされるし、無常である自分自身の心と向き合うということでもある。

自分にとってのそれってなんだろう。そういったことを考えさせてもらうきっかけになった会話だった。


「これは…セフレ抹茶ですね…」

実際に彼女にお茶を点ててもらった。原理主義者さまには怒られる簡易式だけど、みたいなことを言っていたのだけど、しゃかしゃかするアレを見せてもらっただけでこちらはテンションが上がるってものです。「なんで茶道って混ぜるんですか?」というアホな質問をしてしまった僕をお許しください。

そうそう、甘味を用意してくれていたのですが、それがまためちゃ美味しかったです。彼女用に持ち帰らせてもらって、かなり喜んでいました。

高校時代に茶道部の女友達がいたので和菓子目的で何回か出入りしたことがあるのですが、そのときの印象で「お抹茶は苦くてイガイガしている」という記憶があったのだけど、スルッといけるのに豊かな風味があって美味しかったです。ちゃんとしたもの、をはじめて飲ませてもらったのかもしれません。あとあれだ、お菓子の抹茶味って抹茶じゃないということがわかりました!


「(おもむろに)シャカシャカシャカ!!!!」

俺の分を点ててくれていたんだけど、彼女は自分の分は点てていませんでした。つくりたいときにつくるということなんでしょう。

話題が彼女の恋愛の話になって、おそらく彼女は「偲びない」みたいな感情を強く持っていたんだと思う。いきなり言葉を発することをやめて、唐突に自分のお茶を点てはじめた。もうそれはおもむろにシャカシャカシャカ!!!!でした。漫画みたいでした。

その様子がすごくチャーミングで爆笑してしまいました。たぶん彼女にとっていまの気持ちを表現するわけでも、感情を落ち着けるという意図でもなかったはずですが、「言葉にできない気持ち」と「茶」が彼女にとって強く紐付いているように、俺には思えました。


なんだか不思議に思えたのは俺はきっとあまんじるなさんがお茶をやめたとしても、彼女に興味を持ち続けると思います。だけど、お茶を始める前の彼女に興味を持てたか?というのは微妙なところです。

お茶をやっている人という物珍しさは確実に興味のフックになったわけですが、そのことはあまり重要ではなく、おそらくお茶は「媒介」なんだと思います。そして彼女自身もお茶に興味を持ってもらいたいとかは思っていなくて、一緒にいる人がそれを叩き台にして思い思いのことを話すきっかけになってほしいみたいなことを書いていたような気がする。

自分が誰かにとっての媒介に値するものを持てているのか? それってなんなんだろう?

彼女はそういう問いかけを俺の心に残していってくれたような気がします。それはそうと陽が落ちて薄暗い代々木公園で見た彼女の横顔、めっちゃ可愛かったです。オッさんからは以上でございます。


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