My Favorite, Addict and Rhetoric Lovers Only

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桐谷ヨウ@blog

桐谷ヨウのメインブログ。恋愛・コミュニケーション・海外・文章を書くことについて。


好きな人とは、心地よい気まぐれをもたらしてくれる存在。

コラム・エッセイ

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今日はnoteで書いているようなタッチでいきます。

僕らは皆、日々をご機嫌に過ごしたいと思っているけれども、
毎日がそうもいかないのが現実なわけで。

というか、さっきまで良いテンションだったと思ったら
ふとしたことで一瞬で気分が悪くなることだって大いにありえる。


「心」が一瞬一瞬で移ろいでいくものという考え方は
仏教に教えてもらったけれど、
同時に自分というのはその瞬間その瞬間で
生まれては死んで、また生まれていくということを感じている。


ある事象に意味付けを行い(判断)、
それに良し悪しをつけているのは自分自身に他ならない。
事象自体に意味合いは存在しない。
世界は自分次第、と言われる所以だと俺は思っている。



先日、ボディーワークを行った影響でひどい筋肉痛がきている。

これまでは自分がターゲットにしていた部分に
ピンポイントに筋肉痛が来ていたんだけど、今回はちがっていた。

上手く全身に力を流し込めなかった影響か、
両腕と腰という想定外の場所に後遺症が来ているんだけど、
それにも良し悪しの判断をつけるべきではないのだろう。

「お前のボディーワークは上手くいってなかったよ」という
刻印を刻みつけてくれたのかもしれないし、
あるいはそうですらもなくて、
今の意識では理解ができない今後のヒントが
この筋肉痛に隠されているのかもしれない。


「意識できること/無意識に処理していること」
「わかること/わからないこと」

この狭間をゆらゆらとたゆることを味わっていきたい。


関係なさそうである話なんだけど、
村上春樹はルーティンを大事にしているようだ。
同じ時間帯に書き、同じ時間帯に走る。

彼じゃなくてもフリーランスは通勤がないがゆえに
ルーティンを大事にしている人も多い。

際限なくダラダラしてしまうくらいなら、
ルーティンを作って遂行していく方が楽だと言われているからだ。


睡眠とかが分かりやすいんだけど、
同じ時間に起きて、同じ時間に寝るようなルーティンを作ることの利点は、
体調や気分を中心とした変化に気づきやすいことじゃないだろうか。
不規則な生活をしていると、原因がつかみづらくなって、それに気づきにくくなる。

そういえば睡眠が乱れている人は、日本にいながら時差ボケをしているようなもんだ…と
この本で読んだときはギクッとしたものである。



そう、生きているとイレギュラーな出来事って多すぎるのだ。
自分の想定通りに発生する事象なんて比較的に少ない。

つまりは対外的な変数が多すぎるから、
自分自身に関することは一定にしておくべし、ということなんだろう。
自分自身が一定のリズムを刻んでいるから、違和感に気づきやすくなれるというわけだ。


これを踏まえた上で、同時に考えたいのは
音楽のノリ、グルーヴの正体である「ズレ」である。

vimeo.com

こちらのモーリーロバートソンのブレイクビーツ解説は超絶面白いので、興味がある人はぜひ観てみてほしい。

一定の拍で刻まない揺らぎ・うねりがグルーヴを生むようなのだ。
それが聴いている者のテンションを上げることに寄与する。


生活におけるズレとは「気まぐれ」であり、
自分が生成する気まぐれもあれば、他人がもたらしてくれる気まぐれもある。
それが生活にグルーヴをもたらす。

おそらく自分にとって心地よい人というのは、
心地よい気まぐれをもたらしてくれる人のことなんじゃないだろうか?
そして愛おしい気まぐれをもたらしてくれる人は、愛せるということじゃないだろうか?

だから自分はルーティンを大事にしながら、気まぐれを愛していたいなと思う。
他人の気まぐれが入り込むスキマを大事にしたい。


先日、休日に目がさめたら彼女がちょっと遅い朝ごはんの用意をしてくれていて、
「散歩のついでに美味しそうで気になっていたパン屋さんに行ってきた」
とちょっとした気まぐれを与えてくれた。

おそらく相手の気まぐれを楽しめるとき、
人というのはつながり続けるものなんじゃないだろうか?

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