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桐谷ヨウ@blog

桐谷ヨウのメインブログ。恋愛・コミュニケーション・海外・文章を書くことについて。


他人に興味を持ってもらうって、すごく大変だ。

コラム・エッセイ

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少し前にTwitterでこんなことをつぶやいた。


自分の10代は、人恋しさと向き合うことがテーマだったような感じだったんだけど、いくつかの変遷があって今はこんな感じで落ち着いている。

当時、思い知ったのは、自分が興味を持った人に「相手をしてもらう」という関係性は長く続かないということ。先方の好意に乗っかっている関係はいずれ破綻する。だから、興味を持ってもらう、もっといえば無視できない存在に自分がならなくてはいけない。そんな風に考えていくようになりました。

俺は知り合いは多いけど、友人は少ない方で(こういう人はけっこう多いのでは)、その数少ない友人はみんなこういったことを大前提に持ってくれている気がします。よく言われるリスペクトがある関係というのは「なんでもすごい」と褒め合うことではなく、「その人が何をやっていても信頼して見守る」という心構えなのではないか?という風に思うのです。

そして、恋愛は「自立した二人の惹かれ合い」と言っているように、友人関係でもそれは該当すると思うんですよね。その人がその人であることを尊重する。その姿を見せてもらうだけで、自分も刺激を受けたり、楽しいなと思える。同時に、相手にとっても自分がそうである。

これが成立していれば、寂しさを相手に埋めてもらわなくても人間関係というのは成立する。

で、「興味」がコネクションの接着剤であるとして、興味がある人が興味を持たれない人に対して優位性を持っているかのように感じがちなんだけど、きっとそうじゃなくて、単に接着剤がないんだよな。双方向の。一方通行でくっつかれているような状態というか。

そして、その関係をどのように扱うかはその人の振る舞いにすぎないんだよな。カドを立てたくない人は好意的に振る舞うのでしょう。

あとはやっぱマッチングの問題はあって、つながりそうな人でもつながらない場合って単純に「合わない」って一言に尽きたりする。その人が持っている興味の性質に依るのだろうか?とか考えたりするけど、このあたりはいまだに消化出来ていない部分だったりするな。

「面白い人は、面白い人に会いたがっている」は本当にそうだよね。で、面白い人に会いたがってるのは間違いないけど、見極めも早い。つながりかけて切れる、みたいな関係性はこれなんでしょうね。

まぁでもさ、ほんまみんな「自分は大したもんじゃない、されど素晴らしい存在」って思えるかどうかだと思うんだよね。自分を大事にすることは必要なのだけど、可愛がりすぎるとロクなことがない。ソースは俺自身とかつて出会った人々です。

もうちょっと言えば、俺らはみんな普通の存在だけど、その人にしかない偏執狂性みたいなものが必ずあって、そこに自覚的になれるかだと思うんだよね。それを上手く飼いならすことができたら、多くの場合は他人に興味を持ってもらうネタになりえるよね。

俺らは他人とつながらないとやっていけない存在だからこそ、自分にとって、相手にとって幸いな「つながりかた」を考え続けていきたいよな。