My Favorite, Addict and Rhetoric Lovers Only

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

桐谷ヨウ@blog

桐谷ヨウのメインブログ。恋愛・コミュニケーション・海外・文章を書くことについて。


俺がイケてるなーと思う人たちの特徴について。

コラム・エッセイ

Advertisements

f:id:fahrenheitize:20160802194738j:plain

俺は「イケてる人」「ダサい人」で世界の住人を二分割しています。

誰かと接するときには少なからずこの視点を持っているし、同時にそれは自分に返ってくるものだということも知っています。

最近は「自分がイケてると思う人」としかつるまないことを徹底しています。昔からこの傾向は強いですが、より強くなってきた気がします。

それは見た目がどうこうというのではなく、性根です。心の姿勢です。その人がどういうマインドで世界と向き合っているか? そこに対して自分はその人への興味をそそられるのです。

なんとなく特徴を列挙するとこんな感じだろうか。

・自分を楽しくするのは、自分ということを知っている
・他人に過剰に期待しちゃダメということを知っている
・でも、他人と関わることの楽しさを知っている
・自分が好きなもの、嫌いなものを知っている
・自分を引きずりおろす人と関わっちゃいけないことを知っている
・他人が頑張っているときに、素直に応援する気持ちよさを知っている

言葉にしてしまうとキレイごとのように見えるけれど、実際にこれを実行して生きていこうと思うと、そこには強烈な覚悟が必要になってくる。「人は人、自分は自分」されど「私たちは皆、ひとりでは生きていけない」と思いが根っこにないと成立しない事柄だから。


俺は彼女にも、友人にも助けられて生きている。だけど、手を取り合っても、自分の体重を相手に預けてはいけないと思っている。このことを性根から理解している人のことが好きなようだ。

逆に言えば、隙あらば他人に自分の体重を預けようとする人はダサいと思っているし、その姿は醜いと感じるのです。俺らは皆、他人に興味を持ってもらいたい。大事にされたい。でも、興味を持ってもらうのも、大事にされることも、一筋縄ではいかないし、それをしてもらうのは「特別な一大事」なんですよ。それを過剰に期待することはおかしい、と少なくとも俺自身は考えて生きています。


「イケてる」「ダサい」は個人の主観に他ならない。人それぞれに尺度はあるだろうけれど、俺が「イケてる人だな」「カッコ良いな」と思う人はこんな感じで、同時に、自分にとって輝いて見える人と言いかえても良いかもしれない。

書籍『でも恋』のなかでも「自分はどんな人と時間を過ごしたいのか?」ということを書いたのだけど、こういう前提を大事にしている人たちと一緒の時間を過ごしていきたいなぁと考えている。

先日のツイキャスの音源

motokurashi.com


先日、Uchila(ウチラ)さんと実施したツイキャスのアーカイブです。自然とこんな話になってしまったので、記憶が流れてしまう前にブログで書いてみた次第です。彼女たちは「イケてるなー」といつも思わされます。

ウチラジオ vol.8 ヨウラジオ - TwitCasting

ウチラジオ vol.8 放課後配信 - TwitCasting