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桐谷ヨウ@blog

桐谷ヨウのメインブログ。恋愛・コミュニケーション・海外・文章を書くことについて。


自分の知らない大学時代を知っていた女の子について

コラム・エッセイ

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社会人になって一年目の冬にあった合コンだったと思う。当時の自分の夜遊びの相棒に誘われて新宿に行った。そいつがいつも使っていた店は『茶茶花』というゴールデン街近くにある京都おばんざい系の居酒屋で、内装に趣があった。

いまは雰囲気が良くても合コンにそこを使うかは微妙なところだけど、俺らはコスパ意識にもまだまだウブだった。(いや、俺は他人と遊ぶときはいまもコスパ意識がまったくないのだが…)


待ち合わせはJR新宿駅のランキン前だった。仕事帰りの俺はジャケパンスタイル、留年して5年生の相棒はNハリのセットアップ、もうひとりはカジュアルな服装でひさしぶりの集合にヘラヘラしてた。何もかもゆるいな、俺ら。

幹事が相棒の友人ーこの時点で何度も一緒に遊んでいる奴ーで、女側の幹事に紹介してくれた。当時の自分は無害を装ってからみやすい人種であることをツカミにしていたので、なかなか爽やかにキメた。決まった(はずだ)。

すると、女側の幹事の隣にいた女の子がハッとしたような顔で幹事に耳打ちをした。即座に「前にどっかで会って悪行を見られたのかな?」と思ったけど、合コンでも異業種交流会でも、思い当たる顔はなかった。「何?」と聞くのもはばかられたので、特に突っ込まずに男同士に話を振ってその場を流した。みんなで残りの女の子を待つことにした。そして、男女で軽い和みを交わした。


合コン自体は俺が頭おかしい人並にぶっこみ、相棒がじんわり笑いで盛り上げてくれながら、相棒のツレがネタキャラになってくれて、良い連携だったけど、カラオケオールにとどまった。この三人でやるときは強引に切り離して、各々が持ち帰ることをムリ目に狙っていくということもあまりしなかった。お目当てがかぶらないようにして、後日、それぞれが個別に飲む、という形式が多かった。

「脈があるな」と感じた女の子は例の耳打ちの女の子だった。毒舌キャラなんだけど、素朴そうな内面が見え隠れして、おまけにツリ目フェチだった自分的にはグッときたのであった。後日、ふたりで飲み直して、けっこうスムーズにラブホに行った。


ひと休みして、「○○って授業取ってたでしょ?」と彼女が言った。意味が分からなくて、怪訝な顔をした俺に「あたし大学一緒だったんだよ?」とかぶせてきた。たしかに俺は教職を取るために、追加単位でその授業を取っていたことが教室の風景とともにフラッシュバックした。

とはいえ、大学の二年間をサークルーそれは青春というよりも、苦行に近い活動ーに費やしていた俺はマトモに授業に出ていなくて、夕方(たしか4コマ目)の時間帯であるにも関わらず、出席を認められる遅刻時間内ギリギリにいつも入室していた。

その教室は教卓側からしか入室できない構造で、開き直って堂々とティンバーランドでがっすがっす足音を立てて途中参加していた。そして席について出席票を書くなり爆睡していた。紛うことなきクズである。


どうやらその女の子は3人組でその授業を受けていたらしく、そのひとりが俺のことを気に入ってくれていたらしい。毎回遅れて入ってきて、即爆睡している俺を見て仲間内にキャーキャー言ってくれていたようだ。当時、自分はとあるジャニーズに似ていると言われることが多かったのだけど、その子がジャニ好きだったらしい。そんな理由かよ。

「大学のときとかって、友達がキャーキャー言ってれば、自分もそう思うじゃん?」と彼女は言った。うつぶせになりながら、目線をこちらに向け、足をパタパタさせていたのが目に焼き付いている。

さすがにこの歳になるとそれはなくなるけど、たしかに中学高校だけでなく、大学のサークルとかも、そういう<なんとなくの評価>はあったことを思い出した。社会人になってステータス・カーストに染まりかけていた頃の自分には、逆にちょっと新鮮な感覚を思い出させてくれた言葉だった。大人になろうと背伸びしても、そんなウブな感覚が大学時代は残っていたのだ。


彼女はそれだけの面白半分で付いてきたわけでも、俺に執着がまったくなかったわけでもないのだけど、その後は絶妙な距離感で断続的に連絡を取ったりした。それ以降は、性的な関係は俺は求めなかったし、向こうも求めなかった。ちなみに彼女は大学時代、チア部だったらしい。けっこう体育会系じゃねーか。


俺は昔から「自分は知らないけど、相手は知っている」という状況がすごくニガテだ。大学のサークル時代も、幹部的なポジションにいたことで自分が知らない人に名前を知られていたのは億劫だった。誰か分からない後輩に名前と顔を知られているのも好きじゃなかった。

いまでも文章を書く活動のなかで顔をおおっぴらに出していないのは、日常の生活が窮屈になるのでは?という心理だったりする。


自分は「認識」していないのに、「振る舞う」という気構えを持てないのに、相手は自分を認識して、何らかの感情を抱いていることがナーバスな気持ちになる。ある意味では見せたい自分を見せることで、いつも自分の身を守っているのかもしれない。自意識過剰といえばそれまでだ。自分で書いて公開する"文章自体に"であれば、気構えのうえでの分身を見せているので何を言われても思われてもいいのだけれど。

そんな自分が、自分が知らないけど相手が知っている状況に面白さを珍しく感じたのがこの状況で、それが何?って言われると難しいのだけど、自分にとって何の面白味も思い入れも感じていなかった場所で、出逢っていたものがあることを意識させられたからなんだと思う。そういう機会はあるようであまりなかったからだろう。

今後、こういうことあるのかな。あってもなくても良いんだけど、なんとなく思い出した出来事だった。


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大学4年のときに留学していた友人に会うために、カナダのトロントに行った頃の俺。服装がいまとだいぶちがう。友人のホームステイ先の犬がめっちゃ可愛かった。

俺のクロックスデビューは2007年、カナダのショッピング・モールでした。