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桐谷ヨウ@blog

桐谷ヨウのメインブログ。恋愛・コミュニケーション・海外・文章を書くことについて。


僕が彼女と接するうえで守っていこうと思っていること

恋愛 恋愛-自分の恋愛

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人それぞれ、パートナーとの付き合い方があるように見える。

たとえばとんでもなく重い女がいたとして。めちゃくちゃ彼氏が大変そうだったとしても、そういった女の子に頼りにされることで自分の価値を感じる類の男だっている。反対に、お互いにまったく関与しないで好き放題にやっていて、付き合っている意味があるのかなぁというパートナーもいる。でも、その二人にとってはその関係が最高にいいという場合だってあり得る。

パートナー関係において、絶対的な模範解答がないことは大前提として。


俺が彼女と接するうえで守っていこうと思っていることがあります。それは「最終的には彼女を全肯定しよう」ということ。


たぶん誰しも、他人を自分の好きなように動かしたい欲求ってのがあって。パートナーはそれを許容させることが容易い相手だと思う。それは自分がこれを言ってほしいであったり、こうしてほしいであったり。分かりやすい形ではファッションや束縛だったりするのでしょう。

自分の欲求の強要というかたちだけでなく、相手の欲求の制限というかたちで。


俺のように"精神的にも経済的にも自立した女性"が好きな人間には、非常に大事なテーマなんです。

自分が好きな相手にいきいきしててもらうためには、相手の欲求を制限しちゃダメなんですよね。相手がアクセル踏み込んでるのに、こっちがブレーキかけてるようなもんだから。好きな相手に良い状態でいてもらうには、自由にやっててもらうのがいちばんなんだけど、場合によっては自分の価値観とか思いとは違う方向に彼女が動くことはもちろんあって。


で、俺は元来押し付けがましい性格なんで「こうしようよ」「こうした方が良いよ」って俺的最適解を押し付けたくなるんですよ。二十代の前半までよくやってました。で、いまの俺もやっぱり言いたいから言うんだけど、そのかわりに彼女の結論に関しては自分の思いが反映されていようと、反映されていまいと、彼女の思いや決定を<すべて受け容れるようにしよう>といつからか思うようになりました。

受け容れる/受け容れない以前に、そんなもん彼女が何しよーと彼女の自由だろってのが正論なんですけど、ことパートナーに関しては徹底するのが難しいと思うんですよ。だって、押し付ければ、相手が自分のことが好きであるほど、反映されるんだもの。短期的には。

昔は、自分の言葉とか行動が反映されないとちょっとイラッとしたり、微妙な気持ちになってたんです。色んなシチュエーションで、多かれ少なかれそんな経験がある人はいるんじゃないかな。でも、いつからか、最終的には彼女が決めたことを絶対的に尊重していこうと、気をつけるようになっていきました。


俺が大人になってから思うことは、人は"恋人や家族に絶対的な肯定"をもらうだけで、けっこうしんどい状況を乗りきれちゃうんじゃないかなってことです。心が折れるときって、絶対的な肯定感を誰からももらえない状況で、結果も出なかったときなんじゃないかなって。


ちょっと想定している状況が広すぎるかもしれないけど、自分が相手にとってそういう存在であればいいのかなってことです。人によっては適切な例えではないのですが、幸福にも俺にとって親は、そういう人でした。で、この信頼ベースがあれば何かをやるときに頑張れるんですよね。成功すれば一緒に喜んでくれて、失敗しても否定されることはない。自分がやりたいことを(他人に迷惑をかけない範囲であれば)肯定してもらえるという。

俺自身がパートナーに対してそういう絶対的な肯定感を与えることができれば、彼女が成功したときはもちろん、失敗したり、誰かに否定されることがあったとしても、やっていけるんじゃないかと思うんです。たとえば"結婚"や"子育て"というかたちでの肯定を(今のところ)与えることができない自分は、それだけしか与えられないように思う。どんなときでも俺は味方だという気持ちで。


人それぞれの「パートナーの付き合い方」のなかで、俺は現時点ではこういうスタンスを大事にして、これを守っていきながら彼女と接していきたいです。

Whatever you do,
Whatever you say,
Yeah I know it's alright...! - Noel Gallagher -


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