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桐谷ヨウ@blog

桐谷ヨウのメインブログ。恋愛・コミュニケーション・海外・文章を書くことについて。


"理想の恋人" 自分の「価値観の檻」を壊していくこと(AMの連載 4回目)

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■アナタが思っている「理想の彼氏」は理想じゃない

「アナタはどんな人と付き合いたいですか?」

「どんな人がアナタの理想の彼氏ですか?」

 

この手の質問に即答することは一見、容易い。

けど、実のところきちんと考え尽くしている女の人はすごく少ないように思う。

 

だいたい「自分の理想の恋人」をあげるときには2つのパターンがある。

1つ目は「元カレの反動」として。

2つ目は「世間の価値観の強迫観念」だ。

 

"理想の恋人"と出会うために必要なたった1つのこと|AM「アム」 はてなブックマーク -

ここ2回ほどはAM読者を意識してノウハウ系に薄く近づくノリで書いていたのですが、今回はブログのように考察系の記事になります。身近な人、読んでくれた人の反応もすごく良かった記事です。

価値観を定めることについてブログでも少し書いてみます。

コラムでは自分の価値観・判断基準をしっかりと考えようと提唱しました。これは絶対に大事なことです。ただ、同時に大事なことも存在すると俺は考えています。

自分の「価値観の檻」を壊していくということです。人は自分でしっかりと考えたとしても、それはしょせん「いまの自分」の価値観でしか判断できない存在だと思うのです。現時点の自分では測れない大事なことや価値基準というのはきっと存在する。それが腑に落ちるには、腑に落ちるきっかけというのが有って、それは自分の心をひらいておくことなしには見過ごしてしまうものなんじゃないでしょうか。

人が物事を推し量るときには、自分が体験した背景が基準にどうしてもなってしまう。だからこそ何か未知のものに対して切り捨てない心の性根というのを捨ててはならないと僕は思っています。「いったんの価値観/判断基準」を決めたあとも。

既知と未知の共存、そのバランスは生きていくうえですごく大事だと俺は考えています。いわゆる「老化」とは未知をないがしろにしていく現象でしょう。それはすごく悲しいことのように思う。

未知のものに簡単に踊らされず、既知のものを大事にしつつ、そして未知のものに対する感性を残し続ける。そうありたいと凝り固まりそうになる自分の感性に自省しながら思います。