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桐谷ヨウ@blog

桐谷ヨウのメインブログ。恋愛・コミュニケーション・海外・文章を書くことについて。


"没頭すること" 今年こそはモテたいと思って半年が経ってしまった人たちへ

恋愛 恋愛-男向け

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今年も6ヶ月が終わった。今年からモテたいと思った人たち、楽しくなかった青春時代を取り戻そうと思った人たち、上半期はどうだったでしょうか?

うまくいってウハウハな人もいれば、変わるきざしがなくてヘコんでる人もいるかもしれない。

今日は一念発起して頑張りだして、上手くいかずにくじけそうになってきた人たちへのエントリー。わりと精神論です。


どれだけの時間を"モテ"に費やしていますか?

モテたいハメたいイキたい。なんという甘美な響き。そんな自分になりたい、なれない人たち。ひとつ聞きたいのは、シンプルに「どれだけ時間をかけましたか?」ということ。俺は"自分になかったスキル"を向上させるためには時間を費やすしか道はないと思う。それなのに、何らかしら自分を変えたいと思いながらも、生活習慣をくずさない人って多いと思う。それまでのライフスタイルを継続させたまま、つまみ食いのような状態でスキルを上げようとする。そんなのは目的意識じゃなく、ただの願望だ。

マルコム・グラッドウェルの『Outliners(拙訳=ズバ抜けた人たち)』という本ではこう書かれている。卓越している人は(環境要因の助けもあり)1万時間を超える時間、その物事に打ち込んでいる、と。反証はできるだろうけど、何かに打ち込んで時間を費やしてきた人たちは、その分野で優れているケースが多いのは間違いない。かけてきた時間、考えてきた時間が他の人たちとは違うから。モテる人たちは電車の中の視線は可愛い女の子に、週末の夜は女の子とのアポに時間をつかってる。

たとえば自分は10代の後半からモテたいという意識が人一倍強くて、ある程度それに優先度をおいたライフスタイルを送ってきた。俺よりひどい奴はくさるほどいるけど、それでも学生時代から「おまえはほんとに女が好きだなー」って言われてきた。ガムシャラに努力したことはなかったけど、ゆるーく時間をかけて普通よりもやってきたみたいだ。さすがに10年近く経ったいまとなっては、それなりのものになっている。

異常なまでに没頭するということ

さて、すぐにでもモテたい人たち。短期間で自分を激変させたい。これはもう"没頭"しかない。本当に短期間で「変わりたい」と思うのであればすべての時間をモテに費やすべきだ。片手間でやっているかぎりは、ショボい結果しか得られないだろう。他の人が思春期に何年もかけてやってきたことを短期間で取り返そうとするのであれば、圧縮してやっていくしかない。ライフスタイルのド真ん中にモテを置く。一生やってたらアホだけど、どうしようもなくモテたい希求がある人はある期間はそれくらいやってみたらどうだろうか。

没頭は面白い。誰にだって何かに夢中になったことはあるんじゃないかしら。まわりの景色の見え方がすべて変わるような。何の関係もないような事柄が、自分の興味のフィルターごしにすべて紐付いていくような。まさしく自分が変われば、世界が変わる経験のアレ。

たとえばモテであれば、すべてのシーンをモテの要素の練習にできないかフィルターを通してみる。漫然と見ていたテレビを女の子との会話のツカミのネタに使えるかを基準に見てみる。芸人のしょーもない内容を面白おかしくオーバーに喋る手法を観察してみる。お天気おねーさんの今日の服装のかわいさはどこだろう。あんまり好きじゃない上司を気持いい気分にさせられないだろうか。殺伐と一緒に仕事をしているチームメンバーの顔がほころぶようなユーモアのあるひとことや振る舞いは何かないか。資料の説明はわかりやすく相手に伝える練習と思えるんじゃないだろうか。パズドラやってる女の子はそれでも僕ムリ…。

そんな風に四六時中、モテについて考えて、行動を取っていればぜったいに成長できると思う。今年こそモテたいと思って結果が出てない人、そこまでやってみたんだろうか。逸脱するような異常な行動をやってないでしょう。俺は前述のようにモテに関してはそこまで極端な行動は取らなかったけど、大学時代に2年間ほど真剣にやった英語ディベートはある期間、そんな感じで打ち込んだ。始めたきっかけはずっと感覚的に生きてきたので「"ロジックなんて無意味"と自信をもって言えるロジック」を自分のなかに身につけることだったんだけど、ある時期から英語ディベートの競技自体で勝ちたいと思うようになった。英語のスクリプトを読み続け、名試合と言われている音源を聴いて気に入ったフレーズをシャドーイングし続け、歩きながら神がかったプレゼンをしている自分をイメージしながら妄想のスピーチ練習をしていた。いま冷静に考えると相当にキモイ。でも、それをおかしいと思わないくらいに打ち込んで、当初の目的がいつのまにか達成できていた。これはいまのブログにもつながっている。没頭の賜物としかいいようがない。


自分のなかの憧れの人

没頭できるかどうかは「好きかどうか?」という身もフタもない話だったりする。だからもう少しハマるためのきっかけづくりとして、俺のオススメは"憧れの人を持とう"だ。言葉、仕草、立ち居振る舞い、すべてシビれちゃうような人。そんな人を見つけるのが近道。それはひとりじゃなくても良いと思う。その人の雰囲気をマネしてみる、あらゆる物事について「その人ならどうするか?」「その人ならどう考えるだろう?」すべてを自分のなかでトレースしてみる。俺はカッコ良いと思える人と出会ったとき、そんな行動を取って自分の血肉にしていたように思います。

自分のなかで輪郭づいていない理想のイメージを追いかけることは難しいけれど、実存している人に感染することはもう少し容易い。素直に自分のメンターを見つけられる"ひらかれた感性"、そしてそれに殉ずることはモテにかぎらずに何事にも大切なんじゃないかと俺は思う。

あと最後に。スマートにならなくて良いと思う。ブザマな姿を晒してもいいんじゃないかな。恋愛にはまちがいなく確率論とか歩留まりの要素があるけれど、それはあんまり肯定したくないのだけれど、やっぱり技術とは別に上手くいかなかったり、当たるも八卦のような要素があるのは事実。

だったら、自分が変わりたいと思っている気持ちだけはブラさずに、泥をすするようにmuddle throughしていくことが何よりも大事なんじゃないかしら。失敗してない人なんて絶対にいないよ。

上手くいったら素直に喜んで、失敗したら深刻になりすぎない。気楽に、楽しくやろうよ。モテなんて根本的にはどうでもよくて、ご機嫌に人生送るためのひとつの手段だと俺は思うんです。

参考文献

タイトル通りの本です。まさしくモテるためのマインド的なものについては、この本だけですべて身につくと思う。あと出会い〜付き合うまでだけでなく、切り捨てるタイミング、きちんとパートナーとしてやっていくこと、それぞれについてここまで詳細に書かれている本はちょっとないと思う。読んで唸らされる部分が多々ありました。