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桐谷ヨウ@blog

桐谷ヨウのメインブログ。恋愛・コミュニケーション・海外・文章を書くことについて。


視覚のない世界、豊穣の世界の入り口を体験するイベント 〜ダイアログ・イン・ザ・ダーク〜

レビュー レビュー-カルチャー

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真っ暗闇の世界の豊かさを体験できるイベントがある。有名なので知っている人も多いかもしれない。

"ダイアログ・イン・ザ・ダーク(Dialog in the Dark)"。

僕が参加したのは2009年の秋。興味を持ったきっかけは今となってはもう忘れてしまった。
ダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)は「暗闇の対話/やり取り」という名のとおり、暗闇のアトラクションのなかを視覚障害者の方にアテンドしてもらう体験型のイベントだ。この記事で興味を持ったのであれば絶対に行ってみてほしい。あなたが今まで体験・体感することがなかった新しい世界の可能性に気付くことができる。大げさに聞こえるかもしれないが、それくらい強いインパクトを持ったイベントだ。


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外苑前から少し歩いたところにDID専用のスタジオがあった。予約した時間枠に合致する見ず知らずのメンバー8名でパーティーを組む。イベントが始まった。

同時に、暗闇が始まった。生半可な暗さじゃない。目の前に手のひらをかざしてみても輪郭すら見えない!「漆黒」と言う言葉があるけど、考えてみれば現代人のほとんどは本当の意味での闇なんて体験したことなかったんだ、と痛感させられた。蛍光灯、街頭、月明かり、それすらまったくない容赦のない闇。

最初に感じたのは「怖い」という思い。足がすくんだ。とにかく前も後ろも横も上も下もまったく感覚が分からない。朗らかな声でアテンドの方が「進みますよー!」と声をかけてくれる。この人に頼るしかない!スタート前に手渡された白杖(はくじょう)という杖を頼りに足を踏み出してみる。もちろんおそるおそると腰が引けた状態だ。誰にも見えてないけど、俺、カッコ悪い…。

白杖は体重を預けるものではなかった。センサーだった。自分の足元の少し先をコツコツッと叩くことで足元が平坦であること、行き止まりかじゃないかを事前に実感していくためのものだった。少し気持ちの余裕が持てる気がした。

少し歩くと民家のようなものがあった。見えてないのだけれど、"縁側"があったのだ。「靴をぬぎましょー!」とアテンドさん。マジで?靴わかんなくならね?とか思いながら言われたとおりに靴を脱いで縁側から家にのぼる。言い忘れたけれど、DIDでは「おたがいに声をかけ合う」というルールがある。急に立ち上がったりすると危ないからだ。「しゃがみます!」「立ちます!」という風に。最初はどことなくみんな照れていたように思う。

民家で何があるかを探っていく。こたつ、畳、ふすま、布団。ん?子どものおもちゃ箱がある。ボールが入っているぞ。手ざわりであたりをつけていく。参加者が隣にいる人に何があるかをおたがい報告して、和気あいあいとはしゃぎながら報告をしていた。このあたりで気付いたのは耳が敏感になっていることだった。遠くにいる人、近くにいる人、立っている人、しゃがんでいる人、「なんとなく分かる」のだ。いかに日常では平板なイメージで音を聞いていたのかを思わされた。こんなモノの聞こえ方は初めてだった。この頃には暗闇の世界に親しんできて、みんな楽しんでいたような気がする。見知らぬ人との照れなんてくだらない感情もすっかりどっかに行っていた。

当たり前のように脱いだ自分の靴をはき、公園のアトラクションで遊ぶ。そして最後に入ったのはバーだった。ビール、ジュース、ココア、ワイン。みんな思い思いのメニューを頼む。アテンドさんが暗闇のなかで器用にオーダーをさばいていっているようだ。今となってはなんで見分けがつくんだよ!という思いと、ああ出来てもおかしくないかも、という不思議な気持ちが混在してる。俺がオーダーしたのはワインだったのだけれど、グラスを口元に運んだときに強烈に鼻を刺激したアロマは忘れられない。濃厚で芳醇な香りだった。きっと安物のワインに違いないのに。どれだけ今まで俺は何も感じずにワインを口にしていたのだろう。あの1杯は本当にきいた。

帰り道、すぐに電車に乗るのがもったいないような気がして、表参道まで歩いた。この感覚にまだ浸っていたい余韻が全身に残っていた。横断歩道では、今までになくスニーカーの裏に点字ブロックのでこぼこを感じたものだった。





このイベントは視覚以外の四覚が「覚醒」してくるのが本当に実感できる。これほどまでにモノの肌触りを感じたことはなかったし、これほどまでに人の声が立体的・空間的に聞こえてくることはなかった。視覚以外の感覚が研ぎ澄まされ、自分の感覚がいかに愚鈍化していたのかを思い知らされるんです。

視覚障害者の人がDisabledである理由が「視覚能力の欠如」であるとするならば、私たちも等しく「能力の欠如」を持っているんじゃないでしょうか。我々もDisabledで等しい存在、という安直なことを言いたいではなく、その「欠如」を自分の中で実感することで始めて対等に彼らと向き合う資格を持てるような気がするんです。上下も分け隔てもなく。

同様に、DIDでは視覚障害者の人がアテンドの立場になることで、視覚障害者には収入が入り、私たちは彼(女)らとやり取りをする機会が生まれる。暗闇の世界の先輩である彼らを頼り、本音で喋る。このイベントは暗闇を知らない私たちと、光を知らない視覚障害者の純粋な交流を生み出す。そして、何よりも、どんなアトラクションでも経験できない異空間でもって、私たちの新しい感覚を刺激し、新しい感性を磨いてくれる。

チケット代は5000円。内容を考えれば決して高くないけど、興味で参加するには安くない。それはDIDに惚れ込んで海外よりDIDを日本に輸入した代表者・金井さんも「胸が痛い」と言っています。それでも、このイベントは多くの人に参加してほしい。多くの人がいつまでも参加できるようにDIDがずっと続いて欲しい。そう思います。自分が行った時期には継続するだけでも困難だったようですが、ついに長期開催ができる状態にまできているようです。

Dialog in the Dark TOKYO 長期開催にあたり(2009.3)

この記事を書いたきっかけはひさしぶりに行きたいという思いが止まらなくなったためです。時期によってアトラクションは変わっていくようで、今はこの記事で書いたものとはまったく違う内容を楽しめると思う。もし良かったらみなさんも参加してみてください。

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当時、DIDのお土産になった枯れ葉。アトラクション内で寝ころがったときに、パーカのフードにまぎれこんでた。
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参考書籍